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【柏レイソル】「Cチームの右CB」から首位攻防戦のヒーローへ!戸嶋祥郎が見せたプロの生き様と、若手がその背中に救われる理由

2026年10月9日、三協フロンテア柏スタジアム。勝点1差で挑んだJ1第9節・ヴィッセル神戸との首位攻防戦を、柏レイソルは4-2で制しました(得点:藤尾翔太27分、山内日向汰53分、久保藤次郎64分、瀬川祐輔84分)。

試合の行方を大きく変えたのは、前半18分にDF馬場晴也が負傷退場するアクシデントでした。
そこでリカルド・ロドリゲス監督が急遽「右CB」として送り出したのが、本職ボランチで今季は副キャプテンも務める戸嶋祥郎選手(タグマ!)。
強力な神戸攻撃陣を抑え込んだだけでなく、53分には素早い出足のインターセプトから攻撃参加し、山内選手のゴールをアシスト。
柏を首位へと導きました。

なぜ、慣れないポジションでの緊急出場で、ここまでのパフォーマンスを出せたのか。
その答えは「誰も見ていない場所での日々」と、それを知っている仲間たちの姿にこそありました。

目次

1. スクランブル発進の裏にあった「Cチームの右CB」での真摯な日々

ゲーム形式のトレーニングで複数のチーム分けをする際、CBの人数が足りなくなることがあります。
そのたびに戸嶋選手が「Cチームの右CB」を務める機会が何度もあったといいます。
本職とは異なるポジションを、しかも「Cチーム」という立場で任されても、彼は嫌な顔一つせずに取り組み続けていました。

「トレーニングの中で、彼を右CBでプレーさせなければいけないチーム事情がありました。彼は嫌な顔を全くせずに、攻撃の部分はもともとボランチですから、スムーズにいいプレーをしていました。同時に守備のところでもしっかりといい守備をCBとしてしていました」(リカルド・ロドリゲス監督)

そしてこの日の彼は、今季リーグ戦初出場。
実はベンチ入り自体が神戸戦で初めてでした(ゲキサカ)。
練習の片隅で「Cチームの右CB」を黙々と務めていた時間こそが、首位攻防戦という大舞台への最高の伏線になったのです。

戸嶋選手自身は、こう語っています。

「自分がするべきことはこのエンブレムのためにプレーすることですし、そういった姿勢はぶらさずにやってきた自負があります」

試合後、監督はこう締めくくりました。

「彼のような選手こそが、我々が期待する、お手本とするべき選手だと思います。プレー機会が回ってこなくても、謙虚な気持ちとともにトレーニングに日々励み、チームのために汗をかき、いい準備をし続けることに取り組んでいるからこそ、今日このような形で急遽プレーする機会が回ってきても、素晴らしいパフォーマンスを表現することはできていました」

2. 経歴――浦和で学んだ「遠回り」のプロへの道

こうした姿勢の原点は、キャリアの歩み方そのものに表れています。

  • 1995年9月26日生まれ、埼玉県さいたま市(旧・浦和市)出身。170cm
  • 浦和常盤SSS → 浦和レッズJrユース → 市立浦和高 → 筑波大学

地元・浦和でレッズのジュニアユースに所属するも、トップ昇格という「王道」は掴めず、大学進学を選択。
ところが筑波大時代に開花し、2017年に関東大学サッカーリーグMVP・ベストイレブンを受賞、ユニバーシアード日本代表として台北大会で金メダルを獲得します(Wikipedia)。

2018年にアルビレックス新潟へ入団し、2年間でリーグ戦66試合3得点。
それでもJ1昇格という新潟での最大の目標は届きませんでした。
2019年12月24日、柏レイソルへの完全移籍を決断。
このとき新潟からの慰留(「もっと新潟でプレーしてほしい」「クラブの中心になってほしい」)に一切ごまかしを入れず、「少しでも早くJ1でプレーしたい」という一心の思いと矛盾への自責を正直に綴った長文コメントは、多くのサポーターの心を打ちました(アルビレックス新潟公式)。

柏加入時に誓った「柏レイソルに関わる全ての方々に愛される人間、選手となることへ向かって精進してまいります」という言葉の通り、2020年以降、リーグ戦通算137試合10得点(※2026年10月時点)を積み重ね、7年目のシーズンを戦っています。

3. 「チャンスをモノにする」男の連鎖――FC東京戦、清水戦、今治戦、そして神戸戦

戸嶋選手が大舞台で輝いたのは、偶然ではありません。彼には「出番が巡ってきたときに、必ず結果を残す」という歴史があるのです。

  • 2024年7月・J1第22節 FC東京戦(3-2):後半アディショナルタイムに劇的な勝ち越しゴール(Jリーグ公式)。当時共に戦った野田裕喜選手(現・松本山雅FC)は「ピッチの真ん中で見た景色は本当に最高だった」と振り返ります
  • 2025年6月・第22節 清水エスパルス戦:出場機会に恵まれない中、ボランチに欠場者が相次いで巡ってきたチャンス。「自分のサッカー人生を懸けた」という覚悟で臨み、ゴールを奪いました
  • 2026年9月・天皇杯3回戦 今治戦:途中出場から得点。「試合数が増えればチャンスはあると思うので、そういう試合で結果を残さなければいけない」と語っていました
  • 2026年10月・第9節 神戸戦:本職ではない右CBでの緊急出場。アシストと首位奪還という最高のかたちで応えました

出られない悔しさのないはずはありません。
それでも彼は置かれた状況を言い訳にせず、日々のトレーニングに向かい続けた。その積み重ねが「予期せぬ出番にも対応できる力」になったのです。

リカルド監督1年目の2025年には「迷子になる感じがありました。でもしっかりとしたロジックがある分、気づきや発見が常にありました」と、31歳になっても学び続ける姿勢を見せています。
さらにピッチ外では、アスリートのセカンドキャリアを支援する「CareerAsset」の共同創業者として「結果は偶然ではなく、『日々の選択』と『積み重ね』によってつくられる」と語る男です。

4. 「サチくんの姿勢を見ているから大丈夫」――ルーキーを支える無言の背中

戸嶋選手の価値は、ピッチ上のプレーだけに留まりません。彼の愚直な姿勢は、出番を待つ控え選手や若手たちにとって大きな救いとなっています。

プロ1年目のルーキー・岩永創太選手は、出場機会がない中で気持ちは折れていないかと問われ、こう答えています。

「ワンくん(犬飼智也)、サチくん(戸嶋祥郎)の姿勢を見ているから大丈夫です」

結果を残したから尊敬されるのではない。
結果が出る以前から、日々の取り組みを通じて周囲の信頼を勝ち取っている。
戸嶋選手が準備を続ける姿そのものが、同じように出番を待つ選手たちの教範であり、支えになっているのです。

主力選手たちからも、こんな声が上がっています。

  • 古賀太陽選手「日頃の行いがピッチに表れていた」
  • 小泉佳穂選手「サチくん(戸嶋)はある意味、今のリカルドレイソルを象徴している選手。メンタリティ的な意味で」
  • 久保藤次郎選手「サチくん(戸嶋)ならやってくれると思っていた」

5. アシストの瞬間、チームメイトが真っ先に駆け寄った理由

53分。戸嶋選手が縦パスを受けた相手からボールを奪い切ると、小泉佳穂選手との連係から右サイドを一気に駆け上がり、逆サイドに走り込んだ山内日向汰選手へ鋭いクロス。山内選手が左足で合わせて追加点を挙げました。

この瞬間、注目すべき光景が起こります。ピッチ上の多くのチームメイトが、ゴールを決めた山内選手と同じくらいの勢いで、真っ先に戸嶋選手のもとへ祝福に駆け寄ったのです(東京新聞)。
日刊スポーツはこの日の彼を「陰のMVP」と評しました(日刊スポーツ)。

祝福が集中したのは、単にアシストを喜ぶためだけではありません。「Cチームの右CB」を何度も任されながら不満ひとつ漏らさず、ベンチ外の日々にあっても誰よりも準備を重ねてきた――彼がどれほどの覚悟と熱量で「いつでも出られる状態」を作っていたかを、仲間全員が知っていたからに他なりません。あの祝福の景色は、背番号28が積み上げてきた7年間分の信頼の証でした。

まとめ:ピッチに立っていない時間にも、彼は確かにレイソルの力になっている

昨季、柏は上位陣との直接対決で勝ち切れず、優勝に届きませんでした。
今季は町田に続いて神戸にも勝利し、昨季との違いを示しつつあります。

その成長を支えているのは、ピッチに立つ11人、メンバーに入る20人だけではありません。出場機会が巡ってこなくても、自分の役割を見失わず、いつ出番が回ってきても結果を残せるようにチームのために準備を続ける選手たちがいる――神戸戦での戸嶋選手の活躍は、そのことを改めて証明しました。

どのような立場であっても「このエンブレムのため」に全てを捧げ、陰でチームを太く力強く支え続ける戸嶋祥郎選手。「Cチームの右CB」から始まった物語は、まだ序章にすぎません。背番号28が見せる熱いプレーから、今後も目が離せません!

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この記事を書いた人

スポーツ全般が好きですが、
特に野球、サッカーが好きです。

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